こころの日記

わたしを発信

【ひとりごと】貴族な気分。

 

只今、10階の病室のベッドで過ごしています。

毎日、窓から街全体を眺めるのが日課です。

街の向こうにはギリギリ海が見えます。

よく目を凝らすと、時々船がいます。

 

街を眺めていると、学生も、社会人も、街にいる人はみんな、時間に追われていて、どうしても忙しそうに見えてしまいます。

そして、街全体が疲れている様にも見えます。みんな疲れてる。

 

ずっと入院しているのは嫌ですが、街に戻るのも正直、ちょっと、嫌だなぁ、と思ってしまいました。

 

学校生活では、『もっと頑張らなきゃいけない』、と思いつつ、『もうこれ以上頑張りたくない。休みたい。何もしたくない。』という思いもありました。

家に着いた時、お風呂に入る時、寝ようとした時、そんなふとした瞬間に、突然浮かんでくるのです。

でも、提出物が間に合わない、絶対やらなきゃいけないことがあるから、それだけはこなしてきました。

どんなに土日にゆっくりしても、長期休暇を過ごしても、友人と遊んでも、なんとなくスッキリしない。身体は回復するけれど、心は完全には回復してくれない。

もちろん、少しは安らぐけれど、それは付け焼き刃のようなもので、時間が経てば、また元に戻る。

『これ以上頑張りたくない。』

 

だからといって、そんなに疲れている訳では無い。もちろん、疲れて死にそうでもない。むしろ元気なほう。

そして、時々、将来を思うと不安になる。このまま社会に出るのだろうか、大丈夫だろうか、限界が来てドロップアウトするんじゃないか。ぶっちゃけ、このままぶっ続けはしんどい。

心がしんどい。

こんな生活が1年以上続いていました。

 

 

入院生活は、社会の何もかもから、切り離された世界です。身体も心もゆっくりできて、ある意味ありがたいものでした。

 

まあ、こんな風に思えるのは、

◎病状が落ち着いていて、腹痛・吐き気とい った苦痛が何も無い。

◎毎日誰かがお見舞いに来てくれたり、友人が連絡をくれたりと孤独を感じていない。

◎看護師さんもドクターも優しくて、安心できる。

こんな贅沢があるから、だと思います。

 

医療関係者、家族、友人に守られた世界で安寧を貪っています。

ちょっとだけ、貴族な気分です。

(それと引き換えに大事な保健師の単位を失いましたが。笑)

 

それから、記事を書いている途中で初めて気が付きました。

街が疲れているのではなくて、みんなが疲れているのではなくて、私が疲れていたんだな。と。

本当に気が付かなかった。

 

疲れていることを自覚しないと、その疲れはとれない。

他人からの、『頑張ってね』『頑張ろうね』

そんな言葉に、もやっとしてしまったら、疲れているサインかもしれない。