こころの日記

わたしを発信

【昔のこと①】自己評価が低くなったきっかけは、きっとこれ。

入院して時間がたっぷりあるので、突然昔の自分を振り返る。

 

小学生の頃はなんとなく劣等感を持って過ごしたのを覚えている。

 

学校の成績は、自分で言うのもあれだけど、割と良い方だった。テストはほとんど100点だったし、三者面談では6年間全て、担任の先生から「特に言うことはありません。」という様なことを言われた。特に問題を起こすわけでもなく、友達も人並みにおり、先生の言うこともしっかり守り、模範的で、扱いやすい生徒だった。(と思う。)

 

運動も割とできる方だった。昔から、他の人より足が速いことは自覚していた。運動会では6年間全ての運動会でリレーの選手に選ばれたし、徒競走もほとんど1位だった。(確か小5の時だけ2位で悔しかった。)また、小学生の頃はスイミング教室に通っており、割と水泳が得意だった。タイムはクラスで1番、という訳ではないけれど、上位だった。学校対抗の水泳大会でもリレーの選手だった。嬉しかった。

 

習い事はピアノもしていた。特別上手なわけではなかったけれど、両手である程度の曲は弾けたので、時々、学習発表会や音楽会でピアノ伴奏をした。

 

良い言い方をすれば、大方のことはクラスのみんなより出来た。まあ、割と優等生な方だったと思っている。

それでも、ずっと劣等感を持って過ごした。

悪い言い方をすれば、何をやっても中途半端だった。さっきから『割と』という単語を頻繁に使わざるをえなかったのはこのためだ。

 

勉強は私より成績のいい子が必ず1~2人いた。足の速さでは、絶対勝てない女の子が1人いた。水泳も私より上手で速い子が2人いた。ピアノも私より格別に上手な人が1人いた。どれも1番になることは絶対になかった。1番の人と私には絶対的な格差というか、越えられない壁あるというか、手の届かない場所にいて、その人を超えられなかった。何をやっても、2番目か3番目。必ず1番にはなれない。

しかも1番の子は、みんな私の仲の良い友達だった。何でも1番になれる超人人間がいた訳では無い。勉強はあの子が1番、ピアノはこの子が1番、というように仲良しグループの一人ひとりが、何かの1番だった。

『○○ちゃんは~~~ができる子』

『~~~といえば△△ちゃん。』

仲良しの子には、みんな肩書きのようなものがあった。

 

でも私だけ何も無かった。特徴がない。 

何をやっても私は2番目。3番目。

私には特徴がない。

1番にはなれない。格が違いすぎる。

いつも1番の子と自分を比べて大きな劣等感を感じた。でもみんな仲の良い友達ばかりだから、ひがんだり、憎むわけにもいかなかった。だからといって、素直に尊敬することは出来なかった。

劣等感は時々心の隅に現れ、今思えば、それが自己評価を下げていった。

一方で、クラスの内1番の子を除いた、"そのほかのみんな"よりは優れている、ということにプライドを持ちだした。

 

こうして、『私は何をやっても中途半端だ』と自己評価が低いのに、『大抵の事は他の人よりできる』とプライドが高い、変なやつになった。

 

私の性格の基礎は小学生の時に作られたと思う。その後、今日まで本当に様々な経験をして、多少性格や考え方も変わったが、他人と比べて劣等感を感じるか、誇りを感じるか、という部分はどうしても残っている。小学生の頃から基本的な部分は変わっていない。

 

つづく。かも。気が向いたら。笑

 

追記🌱続きました